オレの姉ちゃん

*原作の時間軸だとJr.ユース編パリ遠征 。異郷の地での再会から繋がってる話。

——————————————————

翼がボールを小脇に抱え、宿舎のラウンジに飛び込んできた。ボールを連れた散歩から戻ったらしい。

「会っちゃった!」

まさかな、と思った。翼の満面の笑みをみて直感でとある人物が浮かんだが、本を読み続けるフリをして敢えて反応しなかった。

「誰にだ?」

素早く反応したのが、オレの向かいのソファで三杉と雑談をしていた松山だった。

翼はオレの隣へ無遠慮に座る。

「岬くんだよ!エッフェル塔の所で!すっごく嬉しかったから、オレ思わず抱きつきたくなっちゃった」

翼は両腕でボールをぎゅっと抱えている。その気持ちはわからないでもない。岬が男子選手だったら、再会を喜んで抱き合うぐらい翼はしてたはずだ。でも多分…

「抱きついてもよかったんじゃない?ここはパリなんだし」

三杉が言うと冗談なのか本気なのかわからない。優雅に微笑んでいる。  

「抱きつきたかったけど、あの頃の岬くんじゃなかったから。背が伸びて大人っぽくなってて、きれいでかわいくて」

翼はそれで抱きつくのをすんでの所で止めたんだろう。 

「おい翼!なんでオレを呼んでくれなかったんだよ⁈」

松山が翼に激しく抗議した。

「岬に会いたかった」

松山がぽつりという。オレもそんな風に言えたらこんなに悶々としなかっただろう。

「松山くんはふらので岬くんと一緒にサッカーしてたんだよね」

「ああ。冬の間だけだったけどな」

「オレ、岬くんがふらのにいた時のはなし聞きたいな」

実はオレも興味がある。松山と岬の間柄が気になっているからだ。

「そうだな…サッカーもたくさんしたけど、岬はクラスの女子たちと編み物したり刺繍やったり料理もやってて楽しそうだった。サッカーするか編み物するかで男子と女子で岬の取り合いにもなったな、そういえば」

「それ、南葛でも似たようなことあった。岬くん女子バレーに誘われてて。『みさきちゃんを連れてかないで!』ってバレー部の女の子たち本当に怖かった」

翼と松山が笑っている。三杉はさりげなくお茶とお菓子を用意していた。

「思い出した!岬くん南葛SCの選抜試験に受からなかったら、バレー部に入るって言ってたんだよ」

それ、初耳だぞ。当時のことでも岬について知らないことは多いのかもしれない。

「岬くんは基本的な運動能力が高いからサッカー以外のスポーツでも活躍できただろうね」

三杉は松山にクラッカーを差し出す。好きなの食べてと翼やオレにもすすめてきた。

「岬は運動もできたし勉強もできたし、器用なんだよな。編み物なんて、美子に教えられながらあとから始めたのに先にマフラー完成しててさ」

「『誰にあげるの?』とかそういう話はしてなかった?」

三杉のといかけに松山は突然顔を赤くして押し黙った。口に詰め込んだクラッカーをのどにつまらせそうになり、慌ててお茶で流し込んだ。

ちょっと待て。岬がマフラーをあげた相手ってまさか…

「松山くん、もしかして岬くんからマフラーもらったの?」

翼が松山にオレの抱いた疑問を直接ぶつけていた。

「ち、違う!」

松山は大きく被りをふる。

「美子たちは岬に『誰かにあげないの?』とかきいてたけど『いつかそういう相手ができたらいいよね』なんて言ってた」

「岬くん、そのマフラー誰にあげたんだろう?」

「美子がもらってた」

「ねーねー松山くん、その『よしこちゃん』って誰?」

翼は思ったことをストレートに口にしただけだ。なのに、松山はグラスを落としそうになる。忙しいやつだなと思う。

「松山、翼くんたちは美子さんを知らないんだよ」

「そ、そうか」

松山の様子からして、「よしこ」って子と何かあるのは間違いない。

「まぁ美子は岬大好きだからな。岬からマフラーもらえてすっごい喜んでた。あの2人、姉妹みたいなんだよな。岬はよく美子の家に泊まってたし。美子の家で弁当作って練習の時にみんなの分持ってきてくれたんだ。唐揚げがすごくうまかった」

「松山もだいぶ岬くん好きでしょ」

ベタ褒めだもんな。

「そりゃそうだ。岬はオレの姉ちゃんだからな」

オレの姉ちゃん?随分、堂々というんだな。

「どういう意味?」  

三杉があっけにとられている。  

「クラスの奴がさ、岬とオレの顔が似てるとか言うんだよな。自分じゃよくわかんねーけど。そんで岬が『私の方が誕生日早いからお姉ちゃんだよ』って」

同じタイミングで翼も三杉もオレも松山の顔をみた。

「確かに。姉弟って言われたら疑わない」  

三杉が断言した。

松山ついてオレは「姉ちゃんのことが大好きな弟」と認定した。

「お姉ちゃんっぽい岬くんもいいなぁ。南葛に来てからはサッカー三昧だったと思うから、編み物の話がすごく新鮮だった。岬くん、今なら誰かあげる相手いるのかなぁ?」

翼がちらっとオレをみたような気がした。

「翼くんのさっきの様子からすると、1人や2人いてもおかしくなさそうだね」

三杉が不敵に笑う。翼はオレの腹にボールを置いた。

「若林くん。だんまり決め込んでるけど、オレにあんな写真送りつけておいて岬くんとなにもないとは言わせないよ」

翼がニンマリしている。

「まじかよ…」

「これはまた面白そうな話がきけそうだね」

「面白くもなんともないぞ」

オレは興味の対象が自分になって、本当に困った。 

ハンブルクとパリ。何度か行き来して岬と2人で会ってはいる。それは楽しいし嬉しい。オレは 完全に浮かれていた。実の所、それ以上のことはなにもない。

それにそこら辺のことはあまり突かれたくない。

こいつらをどう捲くか。オレは真剣に考えた。

 

おしまい。