異郷の地での再会2

 

突然の再会に喜ぶのと同時に、あの頃の岬とはかなり違う姿に動揺していた。3年の歳月はおそろしい。

「背が伸びたな…」

率直な印象が咄嗟にことばとして出た。

岬が軽く蹴ってよこしたボールをオレは足で止めた。

「あのころから15センチぐらい伸びて。どんどん伸びたけどやっと落ち着いてきた」

困ったように笑って髪を耳にかける。

背が伸びただけじゃない。仕草とか表情がものすごく大人っぽくキレイになってて。

オレは岬と蹴って止めてを繰り返して、目が泳ぐのを誤魔化した。

岬はそばに置いてあった黒いリュックを背負った。荷物が少ないのはあの頃から変わってない。オレはなんだかそれにホッとした。

「少し歩くか」

「うん」

 

二人でボールを転がしながら歩いてると、仲間に入れてと人が寄ってくる。そして、いつのまにかミニゲームができる人数が集まった。

岬がボールを蹴っていると「一緒にゲームしたい」と思わせる何かがあるらしい。

集まったメンバーの年齢も技量もバラバラだったものの、和気あいあい、始終いい雰囲気でゲームを楽しんだ。爽やかな幕切れの後、メンバーの一人が持っていたカメラで写真をとってくれた。その写真はオレの所へ送って欲しいとお願いしておいた。

 

ベンチでミネラルウォーターを飲む岬の隣にオレは座った。ミニゲームのおかげで、そわそわドギマギしなくなった。

「今もボールを蹴ってるんだろう?」

しかもかなり巧い相手と。さっきの動きをみていて確信が持てた。

「うん…まぁ嗜む程度には」

「嗜む?」

「さっきみたいに、即席チームで楽しむようなサッカーはするけど…スパイクを履いてピッチに立ったのはあの大会が最後」

岬が体ごとこっちを向く。岬の膝と自分の膝がくっつきそうになる。距離感に戸惑って、慌てて脚を組んだ。少しだけ間ができてホッとする。

「競技のサッカーはしてないってことか」

岬は伏し目がちに頷いた。

「3年前の全国大会で、私は選手としての全てを出し切った。あんな風に、男子女子隔てなく真剣勝負できたのは小学生だったからなんだよね」

同時の激闘の思い出が鮮明に蘇る。決勝の明和戦、勝つためにどうしても岬が必要だった。延長後半、満身創痍の岬に無茶をさせたのは他でもないオレだ。だから伝えてやりたいことがあった。今なら言える。

「岬は本当によくやった。岬のゲームを読む力と強い闘志があったから優勝できた」

心の底からそう思っている。

「南葛にいてくれてありがとな」

オレは自然と岬の肩に手を置いていた。岬は少し俯く。

「私は若林くんがチームの一選手として私を信頼してくれたことがすごく嬉しかった。選手として真剣勝負ができて、全部出し切って、心おきなく競技から離れられたのは若林くんのおかげ」

岬の飾らない、まっすぐなことばで伝えられると胸が熱くなる。

岬がゆっくり顔を上げる。茶色の大きな瞳でオレをみる。

「本当にありがとう」

いい笑顔だ。武蔵戦の4点目を決めた時を思い出す。

「岬と同じピッチに立てないのは本当に残念だ。でもあの頃と同じってわけにいかないからな」

男子女子隔てなくってのはもう無理だろう。

「もし岬が本気でボール蹴りたくなったら、いつでも相手になるぞ。遠慮しなくていい」

また会いたかったから。口実を作った。

「若林くんは優しいよね」

急にそんなことを言われると困る。オレは思わず腕組みした。

「そ、そうか…?そうでもないと思うが」 

「欲しい時に欲しいことばを絶対にくれるし、頼りになるし。武蔵戦は若林くんが来てなかったら負けてたよ…」

全国大会前にケガをして、チームを離れることになって。今でもみんなに申し訳なかったと思ってる。

「サッカーをしててあんなに不安になったのはじめて。三杉くんはオーラが違った。なんか他の選手より大人っぽかったし。 あの試合、本当に何をやってもダメで。ただただ時間だけが過ぎて行って。翼くんはどんどん元気なくなってくし、アリ地獄みたいだった。だから、若林くんが来てくれてすごくホッとしたの、今でもよく覚えてる」

「でも岬はその三杉の読みの上を行ったんだぞ」

「そう?」

「あの4点目。岬のピッチ全体を俯瞰で見てゲームを読む力と翼に合わせられる類稀なるスキルがなきゃできないだろう。オレ、あの試合みてて岬は敵にしたくないと心底思った」

隣で岬が不敵な笑みを浮かべる。そしてあろうことか、俺の膝に手を置いた。心臓がドキりとしたのがわかった。

「『うまい』とか『女子にしておくのがもったいない』とか言われても、そんなになんとも思わないけど、今のは誉め言葉として最上級。本当に嬉しい」

サッカー選手岬太郎は、相当勝ち気なんだと今知った。

「そもそもオレは当時、サッカーにおいて岬を女子扱いする雰囲気に絶対したくなかった。だから、『スパイクを履いてピッチに立ったら男子女子は関係ない!』って岬にもチームのやつにも強く言ってたが、それで良かったか?」

「もちろん。若林くんがそういう気構えでいてくれたから、南葛のみんなも私もいい緊張感を保てた思う。あと、やっぱり南葛メンバーは本当に優しかった」

「そうか?」

「うん。『ピッチに立ったら岬を女子扱いしないと約束します。でも今後一緒に全国まで行くなら、着替えるとこ・風呂、寝るとこ問題はなんとかしてください!』って確か井沢くんが言ってくれて。みんなでいろいろ考えてくれて」

「そんなことあったな。着替えるとこ・風呂、寝るとこ問題はチームで会議したよな」

「みんながあまりに真剣で、水差すわけにもいかないから言わないでいたんだけど、着替えは全然気にしてなかった。お風呂は最後に入ればいいし、寝るとこはみんなが一緒じゃ気になるなら押入れで寝ようぐらいに思ってて」

岬は意外とあっけらかんとしてるタイプだ。岬 のそういう所がみんな好きだったと思う。

「あのあと会議の報告をしたら、城山監督が『お前たちはえらい!後は俺に任せてくれ』って言ったんだ。あれはかっこよかった」

岬はコクコクと頷いていた。

「懐かしいな…みんな元気にしてるのかな」

「翼がよこす日記みたいな手紙を読む限りでは、南葛のやつらはサッカーを続けてるし元気だぞ」 

腕時計に目をやると12時半を過ぎたところだった。

「ランチにしよう。近くにいい店があるから」 

「若林くん、もうすっかり馴染んでるね」

岬は足元に置いたボールをネットにしまう。リュックを背負って立ち上がった。

「来て3年になるからな」

ちょっと偉そうにしたけど、実はこれまでかなり苦渋辛酸をなめてきた。

まだまだ話したいことがたくさんある。岬を連れ立って公園を後にした。

 

おしまい。

これが書けたから、ジュニアユース編に時間軸を進められる。楽しみ。